2004年11月24日

クリスマスイブ

クリスマスイブに早く家に帰るなんてありえない。
だからといって、愛人と過ごすこともありえない。


そう言っているのに彼女は信じない。

ひとりは「家族なんて大切じゃないのね」と言った。
それきりもう文句は言わなくなった。
もうひとりは「わたしなんて大切じゃないのね」と言った。
そして何度も折に触れてそういってくる。

クリスマスイブの1件だけでいろいろいわれるなんて、
自分としては心外である。
だいたいクリスマスイブだからといって、仕事がうまく切り上げられるなんてありえない。
月末と年末が近くなって仕事が立て込んでいるのに。
25日と月末締めの伝票がどれだけ多いのかわかっているのか。

24日の夜、いつものように残業していた。
同じ課の若い社員をみんな帰そうとした。
でもそれぞれ仕事が終わらないといって、なかなか席を立たない。
それとなく目の前にいる独身のYくんに話しかけた。

「いいのか、きょうはイブだってのに」
「いいんですって。別に誰かとの予定はないですから」
「えっ、そうなのか?」
「ええ」
もしかして彼女がいないのかと思ったら、わきから女子社員のTさんが口をはさむ。
「Yさんの彼女ってスッチーなんですよ。イブのフライトを休むのってむずかしいんだそうです」
「あっ、いや・・」と照れた笑い顔でYくんが訂正する。
「ぼくたち、結構クリスマスにはこだわらないんですよ。どっちかというと12月に入った頃に忘年会を兼ねたクリスマス会なんかしちゃうし」
「そのクリスマス会が海外だったりするんですよ〜」
どうもTさんはよく知っているらしい。
というより、Yくんはよく彼女の話をしているのか?
と思いながら、12月のはじめ頃彼が休みをとったことを思い出した。
うちの課は月末がとても忙しいので、もし休みを取るとしたら月初に限るのである。
最近の若い人はうまくやっているんだな、と感心する。
しかし、情報通のTさんこそどうなのかと思う。
するとYくんが口を開いた。
「Tさんはホントに早く帰らなくていいの?もうそこまでやったら大丈夫なんじゃない?」
「あっ、わたしですか?あーーもう少ししたら失礼します」
「やっぱり誰か待たせてるんじゃないの〜?」
「そんなわけないじゃないですか〜」

9時になるまでに仕事はひと段落した。
Tさんは8時頃、Yくんは8時半には退社していった。

駅までの道を歩いていると、メール着信音が鳴る。
彼女からだ。
『メリークリスマス^^ひとりでさみしいな〜』
返信しようかと思ったが、メールを削除した。
着信したら削除するのが癖になっている。
思ったより早く帰れたから、寄って行ってもいいかもしれないと思ってみる。
でもきょうは寄らない。

家に帰る方面の地下鉄に乗る。
車内は結構混んでいて、ケーキの箱を持ったひとが乗っていた。

たぶんだんだん心苦しくなっているのだと思う。
家族のいないところに向かうことに後ろめたさが加わる。
けれど、もうサンタクロースの代わりをするわけでもない。
自宅で誰かが自分の帰りを待ちわびている気がしたことがない。
いつも食卓に乗っているおかずを、電子レンジに入れて、
クリスマスイブであったなら、ローストチキンの余りをあたためて、
冷蔵庫の余ったケーキを横目で見て、
ビールでも取り出して飲むくらいのことだ。

しかし、待たれているという気持ちも重いのだ。
彼女の部屋に行けば、苦心しただろう夕食が待っている。
目的はたったひとつなのに、彼女はひたすら待っている。

ふと、止まった駅で降りてみようかと思う。
ここで乗り換えたら、彼女の家にいけるとぼんやり思う。
ぼんやり思っていただけなのに、降りてしまった。
いまさらこんな時間に行ったとしても、歓迎されるかわからない。
それに、クリスマスプレゼントだって持っていない。
次の機会になにか持っていこうと思っていただけだから、
何も用意していない。
店だってもう開いてない。
コンビニの手土産なんて、いつもと同じだと思われるだけだ。

と、すれ違った赤いコートの女性に見覚えがあった。
振り返ってみて、それがTさんだとわかった。
彼女は軽そうな紙袋を下げていて、
それを振り回しそうな勢いで大きく揺らしてあるいていた。
しかも歩調は、止まりそうなほどゆっくりだった。

ひとりどこかに寄って帰るところだろうと思った。
が、彼女のもとにひとりの男が駆け寄ってきた。
それが、Yくんだった。
ふたりは歩調をあわせ、自分が今乗ってきた線のホームに行こうとしている。
彼らはいったい・・・・・・

こんなことをしては、と思いながらも、ふたりが気になって仕方がない。
知らず知らずにそれとなく後をつけていた。
そしておなじ電車に乗り、少し遠くから何気なく様子を伺った。
ふたりはとても楽しそうに何かを話している。
そして2駅乗っただけで降りた。
だから急いで降りてしまった。

見つかったらまずい。
でも、ふたりは周囲にまったく気を払わず、まったく迷うふうもなく進んでいく。

だんだん人の影も減って、このまま後を追うのはまずいと思ったとき、
彼らは駅の地下道と直結しているシティホテルの入口に消えていった。
まさか、と思う。

もしかしたら、帰りにたまたま会って、
なんとなく話が盛り上がって、
ホテルのバーにでも行こうということになったのかもしれない。
でも足取りがあまりにも軽やか過ぎる。

もともと、こんな予定になっていたのではないだろうか。

やっぱりそのあとも追ってしまった。
彼らはまっすぐエレベーターホールに行ってしまう。
ここまでだと思う。
もう部下のことなど詮索するまい。

かなりうらぶれた気分になる。
一体なにをしているのか、自分は。

愛人に電話を入れた。
何度も呼び出し音を聞いたが、まるで出ない。
もう寝たのだろうか。

携帯をポケットにしまいこみ、ふと顔を上げたとき見たのは、
いま電話をかけていた先の彼女だった。
背の高い男と腕を組んで、
さっき部下たちが消えたエレベータホールに向かっていた。

なんだ、あれは。

追いかけていって何かをいうべきなのか。
それとも知らなかった振りをすればいいのか。
もしくは追いかけて、そっと様子を窺うべきか。

しかし急にどの気も失せてしまった。
それはもしかしたら、その長身の男に負けた気がしたからかもしれない。
それに、彼女はその男のわきでものすごく幸せそうな顔をしていたのだ。

自分がその隣にいるべきだったのか。
いや、元々そんなふうに望まれてなどいなかったのだ。

来年からのクリスマスが、苦く感じられないかと、
今から心配しながら、地下鉄の駅のほうに向かった。
posted by かてりな at 17:50| 埼玉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おもしろかった〜。え?え?って思いながら読んでしまいました。
Posted by たま at 2004年11月30日 09:14
おお〜ありがとうございます。
おもしろかったという感想が嬉しいです^^
Posted by かてりな at 2004年11月30日 15:18
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