2005年09月20日

きがかり

以前かいたことのあるAくんのこと。

彼はうちの子と同級生だ。
母親が病気がちで、
学校に通い始めた頃、ほかの子がおかあさんにお迎えしてもらえるのに、
彼はそれがなかなかかなわなかった。

それだけではなく彼には問題があった。
とても言葉が悪い。
ひどい言葉をよく口にして、乱暴である。すぐキレる。
クラスのなかでもそれは変わらず、
授業中でも好き勝手にしているらしい。

彼は自分が嫌われていると感じていて、
みんなが自分の悪口を言っていると思っているらしい。
黙っていれば普通の子となんら変わりはないのだ。
でも自分に聞こえない声で誰かが話していると、
自分の悪口を言っていると思い込み、暴れるのだ。
細くて小さい彼は、いつも心のなかでおびえている。
それを誰も癒してやれていないのかもしれない。

そんなことを時々考えていて、
彼がどんなことがきっかけでもいいから、
乱暴であったりひどい言葉をはかない子になってほしいと思っていた。

2学期になってから、
朝、登校班に来られない彼を迎えに行く地区のボランティアが決まった。
学校では彼のクラスに補助教員がついた。
帰りもほぼまいにち先生がついて帰ってくる。

地区で問題にして、学校もそれなりの対応をしたかに見えた数週間だった。
運動会も終わって、
わたしは娘にAくんが運動会に来ていたのか聞いてみた。
彼は来ていたらしいのだが、ダンスを覚えてないので踊ってなかったとか、
競技にも参加せずにただいただけだという。
運動会に彼の母親も来ていたと人づてに聞いた。

その彼の母は、その翌日夜中に咳き込んでもどし、気管支をつまらせて亡くなった。

彼女と何回か話したことがある。
「年をとってからの子は大変だわ。体力が続かなくて」と言っていた。
彼女の長男はすでに成人していて、Aくんは次男。あいだに高校生の長女がいる。
やや太り気味で、彼女によれば心臓が悪く、胃潰瘍もあり、腰痛もひどいらしい。
週に1回2時間かけて病院通いをしていて、何度も救急車で運ばれたらしい。
それだけひどい状況なのに、彼女はタバコを吸っていた。
でも実際、彼女の年齢はわたしとそんなにかわらない。

Aくんの母親だけでなく、Aくんの父親にも問題があった。
父親は金に無頓着らしく、そこから逃げるように母親は子供をつれて別居した。
そして生活保護を受けていたという話である。

Aくんがひどい言葉をつかうのは、そのあたりの事情に関連しているかもしれない。
両親はいっしょにいれば喧嘩ばかりしていたに違いない。
かなりひどい言葉をきいていたに違いない。
母親はストレスで体を壊したともいえるし、
それを回復しようと手をつくせなかったのだと思う。
Aくんのことはかわいがっていたと思うが、
それも精神的に落ち着いていたときだけで、
いつもいつも彼を受け入れてやることはできなかったはずである。

これから先、彼の心がさらに傷つかないようにとおもいたい。
彼がどこでどう生活していくのか、まだ決まっていないようだが、
どうか彼を非難だけするようなひとの元で過ごさないようにと願いたい。
ほんとうは彼は悪くないのだ。
彼の恐怖を取り除いてあげられたら、
彼はもっと他人を信用するだろうし、自分も信じられると思う。
ただ母親をなくして喪失感が彼をもっと寂しくさせているはずだ。
でももしかすると、彼は母を重荷に思っていたかもしれない。
時々そんなふうに子供は親を負担に思うのだ。
これを糧にできるのか、心の傷になりながらも乗り越えられるのか、
彼にも誰にもわからない。
亡き人を悪く言うことはできない。
残されたひとも悪くいえない。
彼の日々が次第に光に満ちることを祈っている。

posted by かてりな at 23:27| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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